CRISPR Cas9による大腸菌のゲノム編集キットで実験する方法

CRISPR Casシステムとは細菌(bacteria)や古細菌(archaea)が持つ適応免疫系です。現在知られている細菌の40%に発見されているので、あなたの腸内細菌の中にもウイルスなどから身を守るためにCRISPR-Casを使っている細菌が存在するかもしれません

ファージというウイルスが細菌を感染する時、ファージは自らのDNAを細菌の中にたくさん送り込みます。それに対抗して細菌はCRISPRの情報をもとにウイルスのDNAを認識し、Casで切ることで感染を止めようとします。また、細菌が再び感染した時にウイルスを認識できるよう、切ったDNAの断片をCRISPRに挿入することで「ウイルス対策ソフト」の情報をアップデートしていきます。1993年に発見されて以来、CRISPR Casの機能は少しずつ解明され、CRISPRのプログラムを書き換えることで標的のDNA配列を自在に切ることが可能になりました。さらに、微生物に限らず植物から動物まで様々な生物のゲノムを狙った場所で切り、編集する研究が進んでいます。本来細菌に備わっていた適応免疫系がより正確、且つ容易に行えるゲノム編集技術として応用され、現在多くの研究者に注目されています。(CRISPRに関する記事・論文・教材はこちら。)

The ODINは一般の人にも実際にCRISPRで実験してもらいながら理解を深められるよう、CRISPRゲノム編集キットを販売しています。このキットではCRISPR Cas9を使って大腸菌のrpsL遺伝子に突然変異(K43T) を起こし、43番目のアミノ酸のリシントレオニンに変えることで、本来は生育することができない培地で大腸菌が生き残れるようにする実験ができます。

この実験キットの説明書を日本語に翻訳しました。その内容は都度更新され、そこに掲載されている写真や図はここには載せてないので必ず最新版のドキュメントも合わせて参照してください。

※実験を始める前に遺伝子組み換え生物に関する日本の法律(カルタヘナ法)を確認し、P1レベルの拡散防止措置を執った上で実験を行ってください。

The CRISPR Cas9 Bacterial Genomic Editing Kit

はじめに

遺伝子工学 (Genetic engineering)とは、特定の目的のために生物のDNAを改変し、意図的に生物の性質を変えることをさします。この実験キットはCRISPR Cas9システムを使ってE. coli (大腸菌)の一種のゲノムDNAを改変させることで本来生育が不可能な状態下で生き残れるようにするものです。

この実験キットは最低2日間にわたって~10時間の作業時間が必要です。金曜の夜に細菌の培養を開始すれば週末に実験を行うことができます。

実験を行う上での秘訣やポイント、動画のリンクなど、このドキュメントは常に更新されています。最新のドキュメントはこちら

この実験でCRISPR Cas9は何をしているのか?

細菌を含めたすべての生物は生き残るためには必ずタンパク質 (Protein)を作らなければいけません。タンパク質は新陳代謝の制御から心臓を鼓動させることまで、いろんなことを手掛けるナノマシンです。細胞はDNAのコードを使ってタンパク質を作ります。3文字のDNAにつき一つのアミノ酸が該当する暗号を使ってアミノ酸の鎖が生成され、これが折り畳まることでタンパク質ができます。

タンパク質はリボソームによって作られます。これは細胞内にある核酸とタンパク質からできた複合体です。この実験ではストレプトマイシンという分子が含まれていてる培地の上で大腸菌を培養します。ストレプトマイシンはリボソームと結合してタンパク質の生成を妨げるので大腸菌は複製できなくなり、生育を阻みます。この実験キットは大腸菌のrpsLというリボソームのサブユニットタンパク質に突然変異を起こすことでストレプトマイシンがリボソームに結合することを防ぎ、大腸菌が培地の上で生育できるようにします。

これから編集するE. coli(大腸菌)のゲノムは400万塩基以上ありますが、突然変異を起こしたい標的の一箇所をCRISPRは探し当てます!この突然変異は大腸菌の中で生成されるリボソームのサブユニットタンパク質に一つのアミノ酸変化を起こします。

シークエンス(ゲノム配列)に関する情報やその他の詳細は上級編のガイドをご覧ください。

キット内容:

長期保存できないもの

  • 55uL – Cas9とtracrRNAプラスミド Cmr (100ng/uL)
  • 55uL – crRNAプラスミド Kanr (100ng/uL)
  • 55uL – テンプレートDNA (100ng/uL)

テンプレートDNAのシークエンス:ATACTTTACGCAGCGCGGAGTTCGGTTTTGTAGGAGTGGTAGTATATACACGAGTACAT

実験のタイムライン

  1. 実験の準備

    •  1時間:寒天培地を作る(作るのが初めての場合はそれ以上の時間を取っておく)
    • 数分:大腸菌をLB寒天培地に植菌する
    • 12~18時間:大腸菌を培養する(一晩おくのが良い)
  2. 実験当日

    • ~5分:大腸菌のサンプル、プラスミド、形質転換用バッファーを混ぜる。
    • 30分:サンプル溶液を冷蔵する(冷凍しないこと)
    • 30秒:溶液を42ºCのお湯に入れてヒートショックを行う
    • 数分:溶液にLB培養液を入れる
    • 1時間:溶液をインキュベーターで培養する。(室温で培養する場合は3時間)
    • 10分:100uLの大腸菌の溶液を寒天培地に植菌し、乾かす
  3. 培養

    • 16~24時間:培地を37ºCで培養する(室温で培養する場合は24~48時間)

ピペットの操作が初めての場合は実験を始める前にこのチュートリアルを参考にしながら練習してください。(マイクロピペッターの使い方)

このキットに含まれている大腸菌は安全で病原性はありません*。処分する際には漂白剤5%を培地に注いでから自治体の分別ルールに従って捨ててください。

DIYbio investigation comittee on the-Odin DIY-CRISPR kit

Rapid risk assessment: Risk related to the use of ‘do-it-yourself’ CRISPR-associated gene engineering kit contaminated with pathogenic bacteria

プロトコルと手順の説明:

培地の作製

所要時間は1時間。 作るのが初めての場合はそれ以上かかるかもしれません。写真付きの詳しい説明はこちら。(微生物学 実験入門 – 培地の準備

寒天培地 (Agar plates)は細菌や酵母を培養するために使用される栄養が豊富な固形培地です。その中でも標準的なのはLB培地です(Luria Broth (ルリア培地)、 Lysogeny Broth (溶原培地)、 Luria Bertani Broth (ルリア-ベルターニ培地))。炭素源と窒素源、塩が含まれています。

*シャーレの大きい皿が上の蓋です

  1. 2種類の培地を一種類ずつ作る。「LB Agar Media」あるいは「LB Strep/Kan Agar Media」と書かれた寒天粉末を一つ選んで250mLのガラスボトルに注ぐ。
  2. 「For Measuring Water (水の計量用)」と書かれた50mlの遠沈管を使って150mlの水を量り、ボトルに注ぐ。
  3. 培地はゼリーを作るのと似ている。寒天が溶けるまで温め、冷ますと固る。沸き返らないように注意しながら電子レンジでボトルを30秒刻みで温める。ボトルの蓋はきつく締めないこと蓋をボトルに乗せ、わずかにひねる。
  4. 液が透明な黄色になるまで電子レンジで温める(合計2~3分)。熱に注意しながらボトルを取り出し、素手で触っても違和感がない温かさになるまで冷ます(20-30分)。
  5. ボトルが温かいうちに寒天を7枚のシャーレに分注する。一枚ずつ、シャーレの蓋を外し、シャーレの半分を満たすまでLB寒天を注いぐ。蓋を戻す。
  6. 最低でも1時間培地を冷ましてから使用する。冷蔵することで早く冷めるが、冷凍はしないこと。可能であれば、結露を蒸発させるために数時間から一晩培地を置く。使用するまで4ºCで冷蔵し、蓋についた結露が培地に落ちることを防ぐため、培地を裏返して置く。

形質転換のためのコンピテントな大腸菌の作製

コンピテントセル (Competent cells)とは外来DNAを取り入れることができる細菌や酵母のことをさします。本来、細胞膜は外部のものが細胞の中に入り込むのを防ぎますが、化学物質と塩を大腸菌と混ぜることでその透過性を変えることができます。大腸菌の中でCRISPRを機能させるためには細胞の中に必要な構成要素をすべて挿入することが必要です。この過程を形質転換 (transformation)といいます。必要なタンパク質のコードを含んだ合成DNAを大腸菌に導入し、自分のDNAだと大腸菌に思い込ませることでCas9タンパク質、tracrRNA、crRNAを作らせます。

形質転換用バッファーの成分

10% ポリエチレングリコール (PEG) 3350

形質転換においてPEG 3350には複数の役目があるといわれていますが、確実には分かっていません。DNAと細胞膜は両方とも負に帯電しているので 反発し合いますが、PEG 3350はDNAの電荷を覆うことで細胞膜に浸透し易くしていると考えられています。また、DNAを細胞内に運ぶ手助けや、細胞膜の透過性を高めているともいわれています。 

5% ジメチルスルホキシド (DMSO)

DMSOは人間の病気の治療に時々使われることがあります。形質転換では細胞膜の透過処理をしていると考えられています。また、DNAは時折複雑な構造に折り畳まることがあり、細胞膜を通過しずらくなりますが、DMSOはその構造を崩してあげている可能性があります。

25mM 塩化カルシウム (CaCl2)

PEG 3350と同様に、CaCl2はDNAの負の電荷を覆って無効化させることでDNAを細胞に入り易くしていると考えられています。

  1. 実験キットには2つの形態の大腸菌のいずれかが含まれている。
    • 乾燥した大腸菌の場合:E. coli HME63のチューブに水を入れ、すべて溶けるまで振る。ピペットで100uL の大腸菌の溶液を吸い取り、作製したLB培地に滴下する。ループで優しく画線を引いて(streak)大腸菌を広げる。
    • 培地プレートの大腸菌の場合:ループで優しく大腸菌をかき取り、作製したLB培地に広げる。

    培地を一晩(12~18時間)、あるいは白い大腸菌の生育が見え始めるまで培養する。LB Strep/Kan 寒天培地ではなく、LB寒天培地を使うこと。大腸菌の画線方法はこちらをご参照ください。(微生物学 実験入門 – 画線の引き方)

    • a. 大腸菌の培養を遅らせてしまうため、培地は涼しい場所に置かないこと。一定の暖かさが保たれる場所が適している。
    • b. 培地は一週間まで冷蔵保存することができるが、新鮮な大腸菌で形質転換を行った方が実験の成功率が格段に上がる。
  2. ピペットで形質転換用バッファーを100uL吸い取り、新しいマイクロチューブに移す。
  3. ループの先を満たすまで培地から大腸菌をかき取り、形質転換用バッファーに入れる。大きい塊が溶けるまでよく混ぜる。必要に応じピペットを使っで溶液をそっと出し入れすることで混ぜる。最終的に溶液が曇れば完了。液がまだ透明な場合は濁りすぎず、少し霞む程度になるまでこのステップを繰り返す。数日中に実験を行う場合は実験する回数分の本数を作り、4ºC で冷蔵保存する。繰り返し実験が行えるよう、実験は一度に一本使用することを推奨する。

形質転換とCRISPRの実験:

CRISPRは主に3つのパーツから成り立っています。

Cas9タンパク質

Cas9タンパク質はCRISPRのエンジンです。Cas9の一部であるガイドRNAが編集する標的の遺伝子と結合すると、Cas9タンパク質はそのDNAを切断します。それに対して細胞はダメージを受けたDNAを修復しようとします。Cas9はDNAの切断をするだけなので、編集自体は細胞に任せています。

ガイドRNA (gRNA)

gRNAは近年発明されたもので、トランス活性化型CRISPR RNA (tracrRNA)CRISPR RNA (crRNA)の組み合わせのことをさします。tracrRNAとcrRNAsは短いRNA鎖で繋がっていますが、効率を上げるためにその2つを分離させた状態で使われることもあります。本キットは分離した状態で使用します。tracrRNAはCas9タンパク質とcrRNAに結合します。crRNAはtracrRNAと結合することでCas9タンパク質の一部として繋がっています。crRNAの配列は編集を行いたいゲノムのDNAと相補的に一致しなければいけません。この一致によってCas9タンパク質はどの遺伝子を切るのかを認識します。

Template DNA

Cas9タンパク質は標的の遺伝子を切ると、細胞は相同組換え (homologous recombination)と呼ばれる過程でDNAを修復しようとし始めます。細胞は遺伝子の切れ目の埋め方を示すDNAのテンプレートを探します。切れた遺伝子と同じ情報に突然変異や変化を施したテンプレートDNAを合成し、それを細胞にたくさん入れると、細胞は本物のテンプレートだと勘違いして使います。本キットのテンプレートDNAは本来アデニン(A)であるべきー箇所をシトシン (C)に変えています。この一つの塩基の変化によってリシンの代わりにトレオニンというアミノ酸がタンパク質の中に含まれ、ストレプトマイシンがそのタンパク質に結合し、無力化させるのを防ぎます。こうしてストレプトマイシンを含んだ培地の上でも大腸菌が生育できるようになります。

(DNAの水滴をチューブの下端に集めるには閉ざされた蓋がある方の端持ち、手首と肘を振る)

  1. 「Cas9 and tracrRNA」と書かれたチューブからピペットで10uLの溶液を吸い取り、コンピテントセルの菌液に入れる。使い終わったピペットチップは新しいものに取り替える。
  2. 「crRNA」と書かれたチューブからピペットで10uLの溶液を吸い取り、コンピテントセルとCas9・tracrRNAの混合液に入れる。使い終わったピペットチップは新しいものに取り替える。
  3. 「Template DNA」と書かれたチューブからピペットで10uLの溶液を吸い取り、コンピテントセル、Cas9・tracrRNAとcrRNAの混合液に入れる。
  4. この混合液のチューブを冷蔵庫あるいは氷の上で30分培養する。(冷凍しないこと)
  5. チューブを42ºCの水に入れて30秒培養する。おおよそで水温を計る場合、水に手を入れ続けても違和感のない温かさであれば十分である。
  6. LB培地の入ったマイクロチューブ1本1.5mLの常温の水を入れ、 LBを溶かすためにチューブを振る。
  7. ピペットでLB培地を500uL吸い取り、DNAなどを含んだコンピテントセルの混合液に入れる。
  8. チューブを37ºC2時間(室温の場合は4時間)培養する。ここで大腸菌は回復し、DNAを複製することでCRISPRのプロセスが実行される。実験を成功させるにはこの培養時間を守ること。LB/Strep/Kanの寒天培地を冷蔵庫から取り出し、常温になるまで置く。
  9. 培養した溶液をピペットで200uL吸い取り、LB/Strep/Kanの寒天培地に滴下する。
  10. ループで培地全体に大腸菌を優しく広げ、10分乾燥させてからシャーレの蓋をする。
  11. シャーレの蓋についた結露が培地に落ちることを防ぐため、培地を裏返して置く。
  12. 培地を37ºC16-24時間(室温の場合は24-48時間)培養する。
  13. 小さくて白い点が見え始めたら、CRISPRを用いたゲノム編集実験は成功です!失敗した場合は再度挑戦してみてください。科学は初めての試みで必ず成功するとは限りません。また、トラブルシューティングの手助けもしますので(英語で)odin@the-odin.comに問い合わせてください。

実験の成功例

実験に成功するとこの写真のように、培地の上で白あるいは黄色の大腸菌が生育しているのが見られます。これらの点は編集に成功した大腸菌が生き残り、複製したことで形成されたコロニー (細菌の集落)です。

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